イチョウの分類について    P 木村敏之

イチョウ  学名:Ginkgo biloba  イチョウ科

はじめに

 2019年発行の月刊誌「林業新知識3月号4ページに、執筆者である岐阜県立森林文化アカデミー副学長、川尻秀樹氏」は【広葉樹は針葉樹よりも高等で多様な植物門であることは、現在、世界に針葉樹が約500種しか存在しないのに対し、広葉樹は約20万種あることからも推測できます。

種子植物である両者は針葉樹が「裸子植物」、広葉樹が「被子植物」です。裸子植物は種子の素になる胚珠(受精して種になるもの)が剥き出しとなっているため、この特徴をもつイチョウは裸子植物であり、葉が広くても針葉樹となります】。との記述があったので疑問に思い調べてみた。

文中にある「針葉樹類、針葉樹綱、球果植物類、球果目、球果綱」は分類学が進歩するにしたがって記述が変わったものです。

分析

 1976年「図説樹木学」矢頭献一著(林学博士)は、針葉樹編(42種)、常緑広葉樹編(78種)、落葉広葉樹編(87種)と207種を3分冊にしている。タイトルの「図説樹木学針葉樹編」となっている著書の目次に「裸子植物ソテツ類-ソテツ科、イチョウ類-イチョウ科、球果植物類-イチイ科,マキ科,イヌガヤ科,マツ科,スギ科,ヒノキ科」と区別していて、「ソテツ類,イチョウ類,球果植物類」と、3つの独立した類(常緑広葉樹編、落葉広葉樹編は科名のみ)としての記述であり、タイトルから混同されないように、裸子植物と書いて、針葉樹編だけを例外の扱いをして別の類としている。タイトルの「図説樹木学針葉樹編」では、タイトルからのみ解釈すると針葉樹の内容が書いてあるように受け取ることができるし、あたかも裸子植物が針葉樹であるかのように解釈することができてしまう。裸子植物が針葉樹とは書いていないので、これが誤解の始まりと思われる。

分類学では裸子植物と被子植物は種子植物として同階級であり、裸子植物の下位にソテツ類,イチョウ類,球果植物類(針葉樹類)が同列である。著者は裸子植物の下位である球果植物類(針葉樹類)とは分類階級が違うこと、裸子植物と球果植物類(針葉樹類)は同列でないことを、目次の中で記述しているので分類学を意識して、裸子植物はグネツム類,ソテツ類,イチョウ類,球果植物類(針葉樹類)と裸子植物の全類全科を合わせても種数が少ないこと、球科類以外は特に種数が少ないため、このようなタイトルの表記になったものと思われる。

分類方法

 林学とは林業学の短縮型と思われるので、森林、林業に関する学問で、さまざまな業務があり、経営が成り立つように考える学問であろう、大切な経済活動の一環といえる。樹木学として針葉樹に近い性質なのでイチョウは針葉樹として扱ったほうが、より便利な分類方法であったのかも知れない。

樹木学とは林学に含まれる学問の一部であり、木本学と云わずに樹木学としたのは、林業の世界で経営が成り立つように、経済的に有用な樹木のみを扱うため、針葉樹,常緑広葉樹,落葉広葉樹のように分類することになったのであろう。植物の系統や植物分類学では広葉樹という分類階級は存在しないので、樹木学用語、又は林学用語と考えられる。

植物分類学とは植物の系統を基礎とする学問であって、植物の住所のようなものであり、所属はどこか1か所になる。東日本、関東、東京23区のようには表記せず、東京都千代田区永田町1-7-1のように表記する。植物分類学では界,門,綱,目,科,属,種の1か所に所属することを研究している学問であって、分類できた結果を同定するともいう。植物の系統では【裸子植物門】,「グネツム綱」,「イチョウ綱」,「ソテツ綱」,「球果綱(針葉樹類)」,「キカデオイテア綱」,「シダ種子綱」,「その他絶滅」になっていて、【被子植物門】にも広葉樹の分類階級はない。イチョウは1科1属1種として扱い、明確な「広葉樹」,「針葉樹」という分類項目はなく、イチョウ目は球果類(針葉樹類)に近くソテツ目,グネツム目の間に入っていて、球果類(針葉樹類)は「マツ目マツ科」、「ナンヨウスギ目ナンヨウスギ科,マキ科」、「ヒノキ目コウヤマキ科,ヒノキ科,イチイ科」の6科からなる。ソテツ目,イチョウ目,グネツム目の3目は「球果類」の分類階級には含まない。ソテツ目,球果目,イチョウ目,グネツム目の順となっている。

日本産針葉樹の分類と分布による記述では、世界の針葉樹類の科の分類表(Classification of Families of the World)の、科の分類方式(Classification of Families)にも、イチョウ科の記述はない。

APGVの維管束植物分類表では種子植物綱の下位に、裸子植物亜綱がありその中で同一の目レベルに扱い一列に並ぶが、特に【(2.2.42.2.6Coniferae球果類)】と( )をつけて間に入れ、裸子植物亜綱で同一の目レベルに表記している。

林業新知識3月号の記述で『種子植物である両者は針葉樹が「裸子植物」、広葉樹が「被子植物」です。 ―中略― イチョウは裸子植物であり、葉が広くても針葉樹となります』のように記述してしまい、植物の分類が混乱してしまうため、APGVでは他の裸子植物(ソテツ目,イチョウ目,グネツム目)と球果類(マツ目,ナンヨウスギ目,ヒノキ目)は違うという分類記述をしている。

 植物学(林学,樹木学,森林学,他)は植物の系統を基礎にして植物分類学が成りたつ、多種多様な植物を研究対象にしている学問と思っているが、植物分類学では使用しない独自の分類になっている。樹木学と分類学を同じ土俵の上で植物学とすれば、いろいろな説が主張され、植物に関係する多くの学問は混乱するに違いない。

考察

「生物は分類に始まり分類に終わる」といわれる、植物も生物の一つであり、分類学を無視あるいは軽視した、生物学(植物学)は学問とは言えないだろう。1976年「図説樹木学」矢頭献一著(林学博士)は無理に裸子植物を針葉樹編に入れて3分冊にしたように受け取ることが出来る。林業や森林に携わる、多くの樹木関係者はイチョウを「分類学の針葉樹類」と混同して、「樹木学の針葉樹編」と「分類学の裸子植物」と同じ扱いをしてしまうだろう。

植物の分類が混乱してしまうため、分類学用語と樹木学用語(林学用語)の混用表記には注意が必要である。一例として樹木学は球果綱、又は球果類を針葉樹類として、目次の上で裸子植物に分類されているソテツ,イチョウ,針葉樹類と3つに区別して同列に扱い、著書のタイトルに「図説樹木学」針葉樹他編(又は裸子植物編),常緑広葉樹編,落葉広葉樹編のように「他」を入れて表記できていれば、誤解はなくなるが、針葉樹、広葉樹と2つに分けたためと思われる。

一般的に針葉樹は針状の葉を持つ樹木とされ、広葉樹は広い葉を持つ樹木とされる、ガンコウランやツガザクラも針状の形態をした葉であるが裸子植物には属しない。針葉樹は『裸子植物の球果類に属する針状の形態をした葉を持つ樹木』(ナギのような例外もある)と定義すればイチョウが針葉樹と聞いても、混乱することは避けられる。イチョウは分類階級の裸子植物に属している。

イチョウは「生きている化石」とも呼ばれている。イチョウは種子植物でありながら受精の際に精子を作ります。裸子植物ではイチョウとソテツのみが精子受精をして、針葉樹は花粉管受精をする。進化の過程は、「木質植物→前裸子植物(種子植物)→シダ種子→コルダイテス→ボルチア→球果類」と、「コルダイテス→イチョウ類」とコルダイテスから枝分かれして進化している。イチョウやソテツは球果が出来ないため、植物分類学では針葉樹類(球果類)には属しない、又 植物分類学では裸子植物全体を針葉樹ということもない。

まとめ

林業の業界での分類方法と思われるのは、大学で習ったという方、学校で林業を学んだという方では「イチョウは針葉樹です」と、返答がかえってくることが多い、図説樹木学針葉樹編の内容を理解しないで、誤った解釈をしたままタイトルのみを教えたものと思われる。

一般的にはイチョウは広葉樹ではないのですか?イチョウは針葉樹なのですか?という問い返しがある、これは一般常識から外れていて、林学(樹木学)の世界だけで使用する分類とも云える。分類学ではイチョウやソテツは針葉樹には属しない、広葉樹の分類階級も存在しない。これらは誰の目からみても明らかであるが混乱している。

1976年「図説樹木学」矢頭献一著(林学博士)は3部作の3冊目に当る「図説樹木学落葉広葉樹編」の冒頭にある「序」の記述に【“針葉樹編”,“常緑広葉樹編”,“落葉広葉樹編”と植物分類学本来の分類方式によらないで,このように植物の生活形によって分けたのは,われわれが野外にあって樹木を見るとき,それが針葉樹であるか,広葉樹であるか,常緑のものか,落葉のものかなどとその外形がまず目に入り,意識しないでも樹木を生活形で識別する習慣がついているので,この方法が実際には便利であると思ったからである,普通の樹木についてひととおりの識別ができるほどになれば,おのずと分類学による分類方式も理解できるようになる.(以下省略)。】の記述がある。

基礎を理解しないまま、聞きかじりによる断片的な知識に頼らないで、体系づけられている基本的知識(入門程度)をもって、慎重に読めば間違いは少ないだろう。

被子植物,裸子植物は植物分類学用語であり、広葉樹,針葉樹(分類学に針葉樹綱はある)は林学(樹木学)用語と定義できる。このため林学(樹木学)の分類は分類学では使用しない分類方式であり、誤解を与えないように記述するべきである。

2019年発行の月刊誌「林業新知識3月号」では、せめて【イチョウは裸子植物であり、葉が広くても針葉樹になります。という記述から、イチョウは裸子植物であり、葉が広いので針葉樹に近縁の樹木になります。】のように記述できていれば一般に与える混乱はなくなり、影響もなくなるだろう。

おわりに

気付くのが遅くて遠回りしてしまったが、八坂書房刊2001年「図説植物用語辞典」清水健美著(理学博士)の中に「U習性によって分けた植物の用語、3.木本植物、(3)葉の形による分類」の項目があり、イチョウやソテツは広葉樹でも針葉樹でもなく、ナギやマキは針葉樹に含まれる。と、ここまで調べた結論がやさしく分かりやすい表現で記述されている。経過より結論だけが必要な方はご一読下さい。

主な引用・参照文献

日本産針葉樹の分類と分布 1960 林弥栄 農林出版

図説樹木学-針葉樹編- 1976 矢頭献一 朝倉書店

図説樹木学-常緑広葉樹編- 1978 矢頭献一 朝倉書店

図説樹木学-落葉広葉樹編- 1978 矢頭献一 朝倉書店

植物分類学 1976 渡部清彦 風間書房

植物の系統 1999 田村道夫 文一総合出版

図説植物用語辞典 2001 清水健美 八坂書房

化石からたどる植物の進化 2002 塚越実、藤井伸二、樽野博幸、初宿成彦、岡本素治、川端清司、佐久間大輔、那須孝悌 大阪市立自然史博物館

植物の多様性と系統 2007 加藤雅啓(編集)、岩槻邦男、馬渡俊輔監修 裳華房

新しい植物分類学U 2012 日本植物分類学会 (監修)、戸部博、田村実 講談社  

維管束植物分類表 2013 邑田仁、米倉浩司 北隆館

植物学の百科事典 2016 日本植物学会 丸善出版

新しい植物分類体系 2018 伊藤元己、井鷺裕司 文一総合出版

林業新知識3月号4P 2019 川尻秀樹(執筆) 全国林業改良普及協会

 2020317日     〒310-0845 茨城県水戸市吉沢町45-121 P 木村 敏之

拙稿は植物分類学や林学、樹木学の素人が纏めてみたものです。間違いがあるかも知れませんので、気が付かれた方はお知らせ下さい。お待ち致します。