第12回日本山岳耐久レース

レース前日の10月9日、関東地方に非常に強い台風22号が接近し、安普請の我が家は屋根が飛ばされないか、大きくなりすぎた白樺の木が倒れて近所に迷惑をかけないか、などと考え不安な一日を過ごした。この日のNHKテレビは一日中台風情報を流し、天気の予報官は東日本に上陸した台風としては過去最大級の台風で風雨が強く、外出は控え十分な備えをと、くり返している。

この大型の台風もこの夜に茨城県南部から太平洋上に抜け、温帯低気圧となって消滅した。翌日は台風一過の秋晴れを期待したが、早朝家を出るときからどんよりとした曇り空であった。

参加者名簿で見ると、今年のエントリーは1866人で男性最高齢は77歳、女性最高齢は72歳であった。前日の台風の影響で遠方の人のキャンセルも多いだろうと考えていたが、控え室の体育館は昨年にも増して大勢の参加者でごった返していた。休むことも出来ず、わずかなスペースに荷物を置いて、毎年昼食をとる近くのそば屋に行った。いつものそば屋であった60代の男性3人は早々と不参加を決め込んで、気が楽になったのだろう、今日のレースは大変ですねと話しかけてきた。スタート地点となる五日市中学校のグランドは雨が抜けずに溜まっていた。おそらく大量の雨が奥多摩の山中にも降り注いだと思う。ここから見える奥多摩の山々は霧で覆われていた。今回はとにかく完走できればいいと考え、スタート時の並びは20時間組で、ほとんど最後尾に近いところで並んだ。

予定通り午後1時にレースはスタートした。スタート後すぐに見る秋川の渓流は中州が見えないほど増水していた。例年この時期、中州では家族連れなどがバーベキューや川遊びをしているのが見られる場所である。

雨が降り始めた。ほとんど樹林に覆われた登山道であまり濡れることはないが、湿度が高く蒸し暑く、汗が噴き出してくる。今回は例年に比べ順位が大分後ろなので、このレースで先行する1000人以上は山に入っているだろう。台風直後であり、赤土で粘土質の登山道は荒れてとにかく滑る。空模様も悪く、日の暮れるのが早い。例年第一関門で装着するヘッドランプを早々と着けた。まだ第一関門までは先が長い。霧が覆いLEDの光は乳白色で見えにくく、マグライトに換える。下りは慎重になるがそれでもよく滑る。右膝に軽い痛みを感じた。例年このレースの終盤に感じる痛みである。そういえば今年は1ヶ月以上トレーニングをしていない。これから第一関門の浅間峠、このレース最高峰の三頭山、アップダウンの続く御前山、急な下りの大ダワと続くが膝に不安を感じる。

  人が多く時には渋滞する場所もあるが、平地は走り、登りはひたすら登り、下りは慎重にゆっくりと下る。給水時以外は立ち止まることはない。日が落ちて大分時間も過ぎ、闇の中の行動である。今年は第一関門までが長く感じる。時々膝に痛みが走り、今回は無理かなという気持ちになってきた。この足の状態で第一関門の浅間峠から三頭山以降の下り、第二関門月夜見峠からの下り、それから大ダワへの長い下り、くわえて今回の荒れた滑りやすい登山道、これらの道を良く知っているから怖いのである。徐々に弱気になってきた。このまま第一関門でリタイアすれば、今日中に日立に帰れるかと電車の時間を考え始めた。時間的に無理だ、では五日市中学校の体育館で寝るか。そうだ、阿佐ヶ谷に住む妹夫婦の所にお世話になろう。これまでレース前日は阿佐ヶ谷に泊まり、ここからあきる野市の会場に出向いているが、今回は泊まらずに日立から直接会場に来た。妹夫婦は喜んで迎えてくれるだろうと勝手に考える。とにかくこのレースから解放され、風呂に入り酒を飲んで眠ることだけが頭を支配し始めた。


   第一関門に着いたのが18時48分で昨年より1時間遅れ、4年前の記録と比べると2時間遅れている。関門ではいつものように東京都山岳連盟の人達が暖かく迎えてくれた。ここで係りの人にリタイアを申し出た。リタイアした人には温かいコーヒーが振る舞われる。これを飲んでいると他の参加者がコーヒー頂けるのですかと係りの人に聞きに来る。リタイアした人だけと言われなんか気恥ずかしく情けない気持ちである。リタイア者はここ浅間峠から30分の檜原街道に下りる。ここに係りの人が待機して五日市中学校の会場まで運んでくれる。待機する車の関係で6人づつ峠から下ることになる。真っ暗な杉林の中、それぞれ足下をヘッドランプで照らしながら下る。リタイアした我々は一言も喋らず、もくもくと闇の中を進む。十分頑張った人、頑張りきれなかった人、苦しいレースからの開放感などもあり複雑な気持ちと、それぞれが言い訳などを考えているのかも知れない。

   今年で7年連続となるこのレースも初めてのリタイアという残念な結果に終わった。時間が経った今、もっと頑張れなかったのかなと考えることもある。膝の痛みが一番の原因と納得するようにしているが、気になるのが気力の低下である。最近はどうも頑張りきれないことが多い。もっと体をいじめることが自分には必要と思うが、楽な方を選んでしまう。この気力の低下はトレーニングで補えるのであろうか。

今回のレースでは70歳の男性が23時間55分で制限時間ギリギリではあるが完走を果たし、女性では62歳の人が21時間54分でゴールしている。

山岳レースに戻る