第9回日本山岳耐久レース

 10月6,7日の二日間、私にとって4年連続となる奥多摩での日本山岳耐久レースに参加し、完走することができた。薄曇りの当日、集合場所のある五日市線の終着駅、武蔵五日市駅に降り立った人の多くは、全国から集まった今回のレース参加者のようだ。今年は出場者が多く1200人をこえるエントリーがあった。そのためだろうか参加者の着替えや休憩のために用意された広い体育館は、人でごった返していた。いっものことながらこのレースに出場するスタート前の人たちは、引き締まった精悍な感じを受ける。いかにも山や風の男、あるいは全国のマラソン大会を転戦している如き男、そして女性さえも皆強そうに感じる。今回の参加者の年齢は名簿から調べたところ19歳から最高齢は75歳で、女性も60歳を越える人が3人参加していた。

 今年用意した食料は昨年とほぼ同じくおにぎり5ケ、ウイーダー5ケ、せんべい10枚、レモンの蜂蜜漬けレモン2ケ分、エネルゲン水1リッター、真水2リッターで雨具などと共に重量7kgとなった。水は重量を少なくする意味で昨年までに比べ0.5リッター少ないので多少の不安は残る。

 昨年のレースでは体調も良いようなので自己の記録更新を目標とした。その結果記録的には良かったが行動中は数え切れないほど転び、立木に膝を強打したり危険な思いをたくさん味わった。今年は安全第一をテーマとして、時間はかかっても危険個所、それはほとんどが下りであるが、ここを慎重に通過する。このためヘッドランプの他に昨年使ってみたマグライトをヘッドランプと併用してみたところ、これが十分の効果が得られた。ヘッドランプの細く直線的な光と、マグライトの大きな光の輪、これで暗闇の中でも比較的広い範囲の視界が得られるようになった。しかしマグライトの欠点は電池の寿命が短いこと。ヘッドランプに使用するリチウム電池は8時間の寿命に比べ、マグライトは単3アルカリ乾電池2本を使うが、2時間ほどで最初の明るさを失ってしまう。予備電池も用意したが、電池の寿命を延ばすために下りのみマグライトを点灯した。この結果昨年と比べ、時間は3時間以上多くかかったが、転んだ回数は飛躍的に少なかった。

 第一関門でチェックを受け、軽い食事をとり再び出発する頃には、辺りは闇に包まれていた。気温がだいぶ下がり、霧が発生してきた。ヘッドランプに浮かび上がる白い息と霧のため前方が白くかすみ視界が妨げられる。アップダウンの繰り返し、そして三頭山への登りは延々と続き、一番苦しいところである。三頭山山頂ではおにぎりが冷たく硬くなり、水で無理矢理流し込んだ。ここで防寒具兼用で用意したゴアテックスの雨具を着込んだ。過去のレースでは一度も着たことはなかったが、今日の寒さには耐えきれなかった。すぐに暖かさが体を包み、いいようのない安堵感を感じた。闇の中での寒さはすごく不安になるものである。食事後再び闇の中につっこんで行く。ここからは第二関門まで、アップダウンを繰り返しながら500m下る。そこで水1.5リッターの補給をうけて、カタクリの里御前山そして難関の大ダワへの下りとなる。この下りは滑りやすく一番の緊張を強いられるところだ。

 今回は安全第一としたため昨年に比べだいぶ時間を費やしている。このため初めて参加したときに驚いた行き倒れが今回も見られた。行き倒れというのは行動中に眠気に耐えきれず、登山道で寝込んでしまう人のことで、私が思いついた言葉である。今夜の天気は曇りで時々小雨が落ちてくる。ここ奥多摩の山々は広葉樹も見られるが、多くは杉や檜などの植林された針葉樹のように見える。ほとんどが展望のきかない樹林帯の尾根歩きで、例え月が出ていても暗い夜道歩きとなる。こういうところを走っていて、突然ヘッドランプの明かりに浮かび上がる倒れている人を見ると、一瞬ドキッとする。防寒着を着込んでいる人もいるが、中にはTシャツのままの人も見られる。はく息も白く見えるほど気温が下がっている。大丈夫だろうか。この行き倒れはこれから夜も更けるにつれ増えていくようだ。

 レースも夜遅くなると眠気との戦いでもある。私の場合、この日は朝5時に起きた。その後電車で東京に向かい、レースのスタートは午後1時、そして第一関門到着は午後5時ごろであるから、ここまで朝起きてから約12時間、その後、第二関門では午後10時前後で、朝起きてから17時間経過していることになる。日常の生活では朝5時に起きて、午後10時頃寝る人は沢山いるだろうし、それより遅いのが普通かもしれない。しかしレースも後半になり夜も更けてくると、猛烈な疲労感がおきる。若い人の中には前夜緊張したりあるいは夜遊びしたりで、眠りにつく時間がもっと遅い人も多いかもしれない。ちょっと休んで目をつぶってしまうと、間違いなく眠り込んでしまう。 今回はザックに詰めた水が合計3リッターと少ないため不安があったが、この寒さで発汗も押さえられたのだろうか、この3リッターと第2関門で支給された水1.5リッターの合計4.5リッターで十分間に合った。

 スタート前には緊張感などでみんながすごそうに見えたが、レースも終わり体育館に戻り、眠り込んでいる人や、談笑している周りの人を見てみると、安堵感がみなぎり、顔つきも町でよく見かける普通の若者や、おじさん、おばさんに戻っているようで、休憩所の体育館内は疲労感と共に、心地よい雰囲気に包まれていた。
 今回も後半は来年はもうやめようと考え続けながらのレースとなった。