地図を知る怖さ、知らない怖さ
             (北アルプス、立山・剱岳山行の反省)

昭和39年、青森県の岩木山で秋田県大館鳳鳴高校の山岳部員5人が吹雪の中で道を見失い遭難、4人が死亡する事故が起きた。平成1には、今回我々が歩いたまさに足元の、立山連峰真砂岳付近を縦走中の10人のパーティが吹雪にあい、8人が疲労凍死という事故も起きている。

以前、飯豊連峰を残雪期に単独で縦走中、雪道で道を見失ったり、トイレ道に入りこみ、そこから深みにはまってビバークを考えたことがあった。飯豊や朝日の山を歩いていると登山口や避難小屋の入口に行方不明の登山者の安否を求める記事が、時には遭難者の写真つきで掲載されているのを一度ならず目にしている。

私は過去の山岳遭難事故を扱った本や雑誌、新聞の記事など山岳遭難の記録によく目を通すが、そこから何が原因で事故が起きたかを考えるようにしている。

平成19721日、真砂岳から別山、そして今夜の野営場所である剱沢キャンプ場に向かい8人のグループが縦走中のこと、久しぶりの山行で持病を持つ岡田さんが遅れ気味になる。息は荒くはた目にも苦しそう。先頭を歩く私が後ろにまわり岡田さんと共にゆっくりと歩く。そうこうしている間に他のメンバーが先へ進んでしまう。計画では別山分岐から北に直進し、剱沢キャンプ場に向かうはずだった。しかし分岐がわからず、1本道を進む。ガスが立ち込め視界が悪い中、他のメンバーは我々二人の視界から去っていた。1本道が続くが分岐が気になり、地図を確認する。おかしい、北に向かうはずの道が90度ずれて西に向かっている。この時点で道間違いを確信した。道は剱御前小舎に向かっている。すでに視界の中は私と岡田さんの二人だけ。二人で大声で呼ぶが聞こえるわけはない。

彼らも我々に気づかずどんどんと先に進むことはないだろうと考え,剱御前経由で剱沢に向かうことにして先へ進む。地図では道の前方に剱御前小舎がある。やがて道が90度右に曲がり始めた。おかしい、このような道は地図には書かれていない。これほどの大きな曲がりで、直線部もある道が地図に示されていないはずはない。今度こそ本当に道を間違ったか。今どこにいるのか。岡田さんがメンバーの一人に携帯をかける。つながるわけはないと思いつつ、電話に出てくれと願う。過去の遭難記事が頭の中を駆け巡り、最悪のことを考えてしまう。ビバークする場合テントは2張。そのうちの1つは私のザックの中である。メンバーのことを考えると、大変なことになったと少し混乱してしまった。ここに岡田さんに待機してもらい、私がここにザックを置いて、近くを走り回って探そうかと考えた

 そうこうしている時ガスの中にぼんやりと建物が見えた。私にはこの建物がなにか巨大な施設に思えた。再度地図を確認する。剱御前小舎は道を90度右に曲がったその左にあるわけはない。また、東北の山小屋や避難小屋を見慣れている私には、目の前にぼんやりと見える建物は、その大きさから、山小屋であるわけがない、そして剱御前小舎はその名の示す通り、小舎であるはずだ、と思い込んでいた。それでも道は1本であり、とりあえずあの建物まで行ってみようということで、理解できない道を右に曲がると、いた、6人が建物入口前の分岐で休んでいたのである。小屋の入口側には「剱御前小舎」と書かれてあった。

おそらく私と一緒だった岡田さんも含め、他の参加者はこのときの私の心中を理解していないだろう。山行リーダーなどと呼ばれるのは気恥ずかしいが、私は計画者なのであり、大きな責任を感じていた。

立山連峰、剱岳などは日本を代表する山であろう。条件さえ良ければ地図を持たなくても目的地にたどり着けるかも知れない。

今回の山行では1/25千地形図ではなく、エアリア(昭文社発行の山岳地図)を使うことにした。私は普段、エアリアは山行計画や山座同定用としか使わない。理由は簡単、エアリアは標高ごとに色付けされ、見ているだけでも楽しく、お花畑や水場などが書かれており情報が豊富である。しかし、そのことが地図を読む欠点にもなっている。等高線などが情報の書かれた文字で読みにくくなっていることが本当によくある。そして、ほとんどのエアリアの縮尺は1/5万なのである。だが今回の山行では、手持ちのエアリアが最新の2007年版であり、しかも1/25千の拡大地図が記載されている、という理由でエアリアを使うことにした。また天気も心配だった。エアリアは多少濡れても使えるということもある。

家に戻り地形図を確認する。手持ちの地形図は昭和62年発行のものだが、問題の剱御前小舎への道は最新のエアリアとまったく同じだった。なぜあの道が直線に近く示されているのか。このことは納得できなかった。インターネットで国土地理院のホームページにアクセスし、最新の地図を入手した。道は間違いなく90度右に曲がっていた。思い通りの結果で、これで納得できた。この地図を使っていれば悩むことはなかったのだ。それにしても毎年改訂版を出すエアリアは定価だけを改訂しているのだろうか。

今回、先に進んだ仲間はそこに道があるから進んだのだろう。しっかりした一本道であり、迷うことはないだろうが、ガスなどで視界が悪くなると、遭難につながる可能性が増す。それで道を間違い遭難に至る事例はたくさんあることを知ってもらいたい。街中で曲がる路地を一つ二つ間違ってもすぐに修正がきく。しかし山の中で進むべき道を一つ間違えば、その結果命まで落とすこともあるということを忘れてはいけない。自然の中では人の命などはいともたやすく奪われる。

それと以前から感じているのだが、のんびりの山行ではリーダーの指示を聞かずに勝手に行動する人が結構いるような気がする。リーダーに対する信頼度の問題であろうが、自分自身深く反省するところだ。

 今回は地図を読まなければ何事もなかったのかもしれない。まあ「HCのんびり」は、ハイキングクラブだから、仲良しクラブだから、リーダーが地図が読めなくても、あるいは地図がなくても安全な山しか行かないから、リーダーが最初にバテて歩けなくても、全員がリーダーのつもりでそれぞれが勝手に歩けば、ま、いいか。

登山ルート(計画では真砂乗越から剱沢キャン場
に向かう緑色のルート。赤色は道間違いのルート
エアリア及び昭和62年地形図 最新の地形図