県連救助搬出訓練に参加して
平成13年9月29〜30日

  9月29,30日と栃木県の松木渓谷で行われた県連救助搬出訓練に参加した。場所は皇海山や庚申山などを源とする松木川の流れる大きな渓谷にある。この松木川は渡良瀬川の支流であり、渡良瀬川はやがて利根川に合流して、鹿島灘から太平洋に至る川である。
  参加者は朝の9時に松木集落を少し外れたところにある駐車場に集合した。ここは江戸時代からの銅山開発と共に、長い年月をかけて人間により破壊された足尾の自然を、取り戻そうと考える人たちのメモリアルパークでもある。記念碑と共にボランティアで植林をしたたくさんの団体の名前が書かれた掲示板が立てられていた。
 
  今回の参加者は県連に加盟する笠間おちこち、ラリグラス、山遊会、水戸労山、つくばね山の会それにのんびりから私で、女性5人を含む総勢19人が集まった。おちこちはクライミングをするものは全員訓練を受けるようにといわれていたようだ。参加者の確認、訓練予定などの説明後再び車に乗って訓練場所への移動となる。ここから河川工事中の悪路をしばらく上流に向かい走った。広い渓谷の両側からは急斜面の山が立ち並んでいる。谷の標高は800m前後、その左右に最大で標高1800mを越える山々が連なっている。本来は深い樹林帯となっているはずの山には、ほとんど樹木が生えておらず斜面は赤土や大小の岩がゴロゴロし、土砂が流され沢が深く切れ込み、荒涼とした景観を醸し出している。渓谷沿いに拓かれた道には石があちこちに転がり落ちていた。そんな峰々の中でもひときわ目を引く垂直に吃立したいくつもの巨大な岩がそびえ立つ山があった。ここが今回の訓練の場である。松木川を挟んで対岸にあるその山に向かうため流れの速い川を徒渉し、崩落の進んだ不安定な急斜面を登る。足下の石はほとんどが浮き石である。よほど注意して歩いても落石を起こしてしまうことがあり、上の方から何度も落石音と共に「らく−」という声が聞こえてくる。また頭上大きな岩の上には今にも落ちそうな不安定な位置に大きな石があるのが見える。地震でも起きたら逃げようがないなと考えてしまう。斜面に立ち改めて周りの山々を見回してみた。地肌がむき出しの急斜面の山、しかしその稜線はなだらかに続く。この先は皇海山かそれとも宿堂坊山に続くのだろうか。この先北に少し行くと県連の冬山で今年歩いた社山がある。
 
  長い年月をかけて破壊され続けてきたここ足尾の山、本来ならば深い広葉樹林帯が山肌を覆っていたであろう。それでも所々植林されたのか、それとも自然再生であろうか、緑が見える。人間がおそらく数百年にわたって破壊した自然だろうが、完全に再生するにはこれ以上の歳月を要するであろう。

  訓練は岩登りから始まった。高さ2mくらいの岩が2段になった一枚岩だったと思う、滑りやすい岩で手がかりがあまりないため滑り落ちてなかなか上に行き着かない人がいた。次にややオーバーハング気味に垂直に切り立った岩場の下での自己脱出訓練で、ザイルでつながったまま宙づりになった場合を想定しての訓練である。このあとぐるぐる巻いたザイルを使って背負子のような形で人を背中に乗せ搬送する方法、ザイルで担架を作っての搬送、ツエルトを使って担架を作り搬送など負傷者の搬送法を学んだ。このほか三点指示によるビレイ方法、それから負傷者を背負った救助者をザイルで引き上げてもらう訓練などは急な岩場の登りでバランスが悪く、膝に大きな負担がかかりたいへんだった。負傷者の搬出法では今回はクライミングの場であるということで十分なザイルや金具を使って搬出できるが、私の目的とするのは一般ルートでの搬出であるためザイルなどは持ち歩かない。こういう場での搬出としてツエルトを使っての担架などは適当なひものようなものを探し出せば十分対応できるかもしれない。またこれらの訓練の課程で使うロープワークなどは参考になった。
 
  一日目の訓練を終えはじめに集合した駐車場に戻った。ここで今夜はキャンプとなる。宴会や食事の準備を各自分担して行う。これが楽しい。私は4人で酒や食料などの買い出し班となった。
足尾の町は昔は銅山の町として栄華を極めたろうが、今は衰退し廃鉱となった建物などが荒廃したままあちこち残されており寂寞としている。こういう町での買い物であるため、肉や野菜など19人分の食料を集めるのが容易ではない。結局町中の大きい店5軒を探し回って酒や食料を買い求めた。この夜は鍋を囲み酒を飲み大いに盛り上がった。
 
  今回の訓練は完全にクライマーのための訓練であった。県連で行う救助訓練はこのような、いつも岩場での遭難を対象とした訓練のようだ。私自身はクライミングはやらない、というより極度の高所恐怖症のためできないのであるが、昨年登山中に亡くなった当時の日本勤労者山岳連盟の吉尾会長の事故などクライミングの場はいくつかの登山形態の中でも危険度の高いものであろうと思う。しかし日本における登山人口のほとんどは登山道として拓かれ整備された道を歩くハイカーであると考えられる。今年新聞で報道された登山事故も私の知る限りではほとんどが一般ルートである。我々も山を歩く回数が多ければ多いほど自身の事故も含め、他の登山者の事故に遭う機会が増えることも当たり前の話なのである。
 
  今年の夏は北アルプスをはじめ滑落などにより死傷者が多かったように思う。南アルプスでも過去最高の死傷者が出て、管轄する山梨県警の話では下山時の転倒や滑落が多く、基本的には体力不足が原因と言っている。会の山行にしてもあるいは単独での山行にしても登る山によっては一日歩いて一人も行き会わない場合や、たくさんの人が行き交う登山道など様々である。とくにバリエーションルートを歩くわけでもなく、ガイドブックに記載された一般ルートでも北アルプスなどの岩場をはじめ、ロープや梯子などを使っての登山は我々のよく歩く関東や東北の山でもあちこちにある。こういう山を歩いていて自分自身がけがをしないように注意するのはもちろんだが、同じ登山道を歩いている人の中で、いっ負傷者に会うかわからない。我々が歩く登山道では不可抗力という事故はほとんどないと思う。つまり事故は登山者自身が注意すれば防げることである。普段の歩きの中で適度な緊張感を維持しつつ、登山道の状態を的確に判断し、危険度に応じ緊張感を高め、時には全神経を集中させる。しかしこの注意力を持続し続けることが難しい。疲労感を補う各自の体力、危険を予知し未然に防ぐ知識、経験などは事故を防止するための最良の手段になり得ると思う。しかしどこを歩いていても緊張しているようでは山歩きは楽しくなくなるし、美しい花をみても、すばらしい景色を見ても楽しめなくなる。こんな山歩きならやらない方が良い。

  中高年登山者の多くは日常の生活で意識して山歩きのためのトレーニングはしていないと思う。つまりほとんどがいきなり本番の山歩きであろう。それでも数多く歩いている人はそれがトレーニングになっているのだが、多くても月1回、あるいは年に数回などの人も多い。登山中に膝が痛くなるという経験は多くの人があると思う。人は年を経ると共に筋肉は衰えてくる。歩くために大切な大腿四頭筋は大腿の前面にある筋肉であるが、これが弱くなると膝に負担がかかる。そうなると膝の骨と骨の間にある軟骨がすり減ったり、ひどいときには軟骨がとげのように突起状になる。このため神経があたり膝が痛いという症状を起こすのだ。これが中高年の、特に女性に多いといわれる変形性膝関節症となる。中高年から山登りを始めた人の多くはその理由の一つとして健康のためと言う。体力や健康維持のため始めた登山でけがをして不自由な生活を強いられることのないよう、楽しい山歩きが続けられるようがんばりたいものである。
 
 今回の訓練では岩場での救助搬出法を学んだが、今後は一般ルートでの救助や応急処置法など機会があれば学びたいと考えている。