南アルプス 仙丈岳〜北岳縦走 
小仙丈岳(2855m)・仙丈岳(3033m) ・大仙丈岳(2975m) ・伊那荒倉岳(2517m) 横川岳(2478m)・三峰岳(2999m)・間ノ岳(3189m)・北岳(3192m)
9月5日(木)  北沢峠 (3:00→) 小仙丈岳 (1:00→) 仙丈岳 (3:00→) 伊那荒倉岳 (0:10→) 高望池
9月6日(金)  高望池 (1:40→) 野呂川越 (3:00→) 三峰岳 (0:50→) 間ノ岳 (1:20→) 北岳山荘
9月7日(土)  北岳山荘 (1:15→) 北岳 (3:35→) 広河原
   ()内は参考コースタイム
  この8月の夏休みに予定していた山行が出発当日都合でいけなくなり、ストレスがたまっていたが、この4連休を利用して行くことができた。お盆も過ぎて登山口までアクセスする便が少なく、JR甲府駅で無駄な時間を過ごしたが、なんとかタクシーの相乗り相手を見つけ広河原そして北沢峠とたどり着いた。北沢峠行きの町営バスには私と他の2グループ計7人が乗り合わせたが、仙丈岳方面に向かったのは私一人だった。

  11時25分登山開始。コメツガの原生林、森林の匂いがプンプンと漂ってくる。木の根が張りだした登山道で静寂の中の一人歩き。12時20分、大滝ノ頭通過。前方樹林の間から小仙丈岳が見える。ここから標高差350mひたすら登る。

  森林限界を超え視界が広がると前方に氷河の浸食により形成された仙丈岳の大きなカール、その左手には北岳の山頂が見え始めた。山頂には雲がかかり、全体をガスが覆い霞んで見える。

  2時15分仙丈岳着。上空はどんよりとした雲に覆われ今にも降り出しそうな空模様となっていた。雲間からわずかに甲斐駒ヶ岳のピークや鳳凰三山、北岳もかすかに望める。仙丈岳からは仙塩尾根と呼ばれ塩見岳につながる長大な尾根歩きとなり大仙丈岳に向かう。斜面にはこの時期でもたくさんの花が見られた。少しの間両側が切れ落ちた岩場のやせ尾根歩きで緊張を強いられたが大仙丈岳に3時着。雄大な稜線歩きだがガスの流れが速く、周囲の展望なし。前方からホシガラスがハイマツの実をくわえて飛び出す。そういえばこの登山道のあちこちにハイマツの芯が見られた。

  段々畑のような苳ノ平ではマルバタケブキという黄色い花がたくさん見られたが、すでに花も終わり枯れていた。マルバタケブキに混じり、紫も鮮やかなトリカブトや淡いピンクの小さな花も混じって咲いている。途中クロウスゴという黒い実を食べながら歩いた。色や形そして味もブルーベリーに近いものだった。

  樹林に囲まれた伊那荒倉岳山頂を通過し4時58分高望池と呼ばれる場所に着いた。先に進むべきか迷ったが結局ここで野営と決め、テントを設営した。薄暗い樹林帯の中ほとんど無風状態でシーンと静まり返っている。雨はやんでいる。気温19゜肌寒さを覚え、雨具を着て靴下を2枚履いた。すぐに暗くなり再び雨が降り出した。定番の真空パックのご飯とラーメンに餅を入れた食事をとる。今回の山行では水を3リッター用意したがこの山域は小屋以外の自然の水場は期待できない。食事も水は節水し、このため晩酌もかなり濃い水割りとなった。スルメをかじりながら水割りを飲む。外は木々を揺さぶる風の音が聞こえる。

  夜になり2度動物の鳴き声を聞いた。最初は今までに聞いたことのない奇妙な鳴き声だった。また2度目は犬によく似た鳴き声だった。里心がでて、携帯を出してみる。どうせだめだろうと考えていたが、交信可能で家に電話すると女房がでた。電波状態が不安定で電話の向きを変えただけで切れてしまった。再び電話をかけ、明日の天気次第で、雨なら予定を変更して早めに帰ると連絡した。雨なら塩見岳を取りやめ、間ノ岳、農鳥岳、北岳の白峰三山を縦走し、広河原に降りよう。この夜は水割りを飲み過ぎてしまった。朝起きるとテントの内側にはびっしりと水滴が付着していた。長い間使い続けたテントで防水効果が薄れていた。そろそろ買い換え時期だ。

  朝7時20分出発。雨に濡れたテントはずっしりと重くなっていた。小雨がぱらつく中、今日も木の香のプンプンする樹林の中の一人歩き。至福のひとときである。シラビソの立ち枯れが目立ち、大きな倒木が登山道を塞ぎ、またいだりくぐったりしながら歩く。それでも倒木を遙かにしのぐ幼木が育っており、森林の再生を感じる。木が倒れ、日の光が射し込むと、たちまちシダ類が繁殖し、成長したワラビに似た大きなシダがあちこち目につく。雨具を着ているので暑い。

  この頃になると小鳥の鳴き声が賑やかに聞こえ始めた。計画ではこのあと白峰三山を縦走し、塩見岳に向かい、鹿塩まで歩く予定だが、白峰三山を縦走し、北岳から広河原に下りることにした。
今日中に北岳から肩の小屋あるいはその先の白根御池小屋まで行けるか、それでも余裕があれば広河原まで降りよう。そうすれば明日一番のバスで甲府に戻れる。
   2499mのピークに着いた。雨は上がっていた。360度の展望といいたいが周囲は雲で覆われ、雲間から山腹が見え隠れしている。昨日登った仙丈岳は山頂も含め周囲に雲はほとんどない。山頂下のカールから稜線そして原生林の中昨日歩いたところがよくわかる。

  森林の中ですばらしい自然の築山を見た。ここにはシラビソの朽ちて倒れた木の回りにびっしりと敷き詰めた深い緑の苔、その中から幼木が育っている。このピークをこのまま持ち帰り、庭に置いたらすばらしい日本庭園。もっとも、大きな庭が必要ではあるが。いつか雨もあがっていたので雨具を脱いだ。冷たい空気が心地よかった。鬱蒼とした林で昼なお暗い。ここも樹林の中の横川岳に着いた。雨が再び降りだし、風もでてきた。
  ここまで極力水分の補給を控えてきたが、残り0.5リットルとなり心細くなる。この縦走路には水場がない。この後水が補給できるのは農鳥小屋か北岳山荘。仙塩尾根最低鞍部の野呂川越を過ぎると道は高度を上げ再び森林限界を抜け、岩だらけの稜線歩きとなった。上空はどんよりとした雲に覆われ、雲の動きもなく、視界は前後数十メートル、露出している手が冷たい。周囲を取り囲む山々を全く見ることができない。ガスで覆われ視界がほとんど得られない中、前方かすかにピークが浮かび上がる。あれが地形図の2699mのピークか、あれが三峰岳かなどと期待しながらがんばるが、近づくとそのピークの先に次々と高いピークがガスの中から浮かび上がってきて、うんざりしてくる。

  11時58分、間ノ岳着。山頂からの展望はゼロ。もちろんだれ一人いない。昨日の仙丈岳から誰一人行き会っていない。もう農鳥岳往復さえ行く気が失せていた。冷たい雨が降り続き、早々に北岳山荘を目指す。登山靴の中にも雨水が侵入している。手が冷たい。登山道にも雨が流れ出し、あちこちに水たまりができていた。周囲の展望がないため慎重に道を探す。時間は早いがとにかく小屋に入って一休みしたいし水も飲みたい。そこでおちついてから今日の行動をうち切るか、それとも先に進むか考えよう。いずれにしろ今夜は小屋に泊まろう。雨の中で濡れたテントを取り出し再び設営する気にはならなかった。ふと気がつくとかすかな音が聞こえる。発電機を回すエンジン音だ。音は徐々に大きくなり、突然ガスの中、北岳山荘の赤い大きな建物が浮び上がる。

  1時20分北岳山荘着。小屋に入ると中には7〜8人の登山客がストーブを囲んでいた。
丸24時間ぶりに人に会った。まだここで停滞している時間ではない、しかし外は雨が降り続いている、この先進むか、それとも今日の行動はここでうち切るか、決めかねてしばらく入り口に座り込んでいた。身体が冷えてとにかく寒く、私も登山靴を脱ぎストーブを囲んだ。その間数組のグループ20人位の登山客が小屋に入ってきた。皆が寒さに震えながらストーブを囲んだ。ここで今日の行動はあきらめた。自炊場ではひたちなか市から来た単独の人と7人の大学生グループたちとの楽しい食事となった。

  翌朝5時25分北岳山荘を出発。6時14分北岳山頂。ここは360度の大展望。北から八ヶ岳連峰、北アルプス、西に中央アルプス、そして長大な南アルプスの山々、雲海の上から突きだしている富士山、奥秩父連峰が見える。下山は八本歯のコルから大樺沢に降りた。大樺沢には大きな雪渓が残っており、その雪解け水や、小さな沢からたくさんの水が流れ出し大きな沢となっていた。正面には鳳凰三山の一つ地蔵岳が大きな山容を見せている。今日は土曜日でこれから北岳に向かうたくさんの登山者とすれ違った。9時32分、清流野呂川に架かる吊り橋を渡り広河原に着いた。