八ヶ岳彷徨 
蓼科山(2530m)・横岳(2473m)・縞枯山(2403m) ・茶臼山(2384m)・にゅう(2352m) ・天狗岳(2646m)・根石岳(2603m)・ 硫黄岳(2760m) ・横岳(2825m) ・赤岳(2899m)・権現岳(2715m) ・編笠山(2524m) 
平成13年7月13日〜15日テント泊縦走

7月13日(金) 蓼科牧場(0:40→) 御泉水自然園 (0:20→) 七合目(1:10→) 将軍平(0:30→)蓼科山(0:20→)将軍平(0:50→)天祥寺原(0:25→)亀甲池分岐(1:20→)横岳南峰(0:10→)七ツ池入口(0:50→)三ツ岳二峰(0:35→) 雨池山(0:10→) 雨池峠(0:40→)縞枯山(0:30→) 茶臼山(0:30→) 大石峠(0:10→)麦草峠(0:35→) 白駒池入口(0:10→)白駒池  
       ( )内は参考コースタイム

 
 この日中央本線の茅野駅で仮眠していたのは私だけだった。
  昨夜新宿発最終となる急行アルプスに乗り、早朝ここに着いた。ほとんど眠れないまま駅のベンチから立ち上がり、6時5分発の始発に乗るべくバス停に向かった。八ヶ岳赤岳方面登山口行きのバスは数人の登山者がいたが、蓼科方面行きのバス停には私一人。バスは白樺湖で降りて別のバスに乗り換える。このバスにも私一人で、運転手は「この時期は例年白樺高原のニッコウキスゲを見に来る人で結構賑わうが、今年は暇ですね」と言う。
  1時間ちょっとで蓼科山の登山口となる蓼科牧場に着いた。バスを降りると前方一面に広がる斜面にはたくさんの牛が放牧されていた。ここは冬にはスキー場のゲレンデとなるところで、その時期にはにぎわいを呈すことであろうホテルやみやげ物店が建ち並んでいる。
 
  7時30分登山開始。重くたれ込めた雲間から時折青空がのぞく。風はかなり強い。牛の糞に注意しながらしばらく歩く。
  これから3日間にわたる八ヶ岳連峰縦走、わくわくしながらも天気が心配。
  カッコウが盛んに鳴く。ウグイスやカワラヒワの声も聞こえる。広い牧場の斜面をリフト沿いにしばらく歩き、リフト降り場で御泉水自然園と呼ばれる有料の植物保護区入り口に登山届けを入れる箱があった。すぐカラマツ林の歩きとなる。1ヶ月前の鳳凰三山でもたくさん見られた苔の仲間のサルオガセがカラマツの枝に絡みついている。
  程なく7合目に着いた。ここは道路が通っていて、駐車場があり、車が5台止まっていた。ここにも登山届け提出箱があり、蓼科山登山者はここから登り始めるようだ。前方の蓼科山はガスで覆われている。植生はカラマツからオオシラビソやダケカンバに変わり、高原から亞高山帯に変わったことがわかる。時折木々の間から日が射し込むがすぐ雲で覆われる。ガスが樹林帯の中に入り、あたりを乳白色に染める。ガレ場の登山道で歩きにくい。

   10時5分蓼科山山頂着。山頂は一面に大きな石がゴロゴロしている。濃いガスで視界が得られず、早々に山頂を後にする。登山道は濡れて滑りやすいうえ、木の根っこや石がゴロゴロ転がり歩きにくい。両側にはゴゼンタチバナの白い花がたくさん見られる。時折ポツポツと雨が降りてくるがすぐやむ。
  道はクマザサで覆われた天祥寺原を通り、亀甲池から横岳への道はシラビソの倒木がたくさん見られ、時折道をふさぐ。まだ新しい倒木や苔むして、土に帰ろうとするもの。これらのたくさんの倒木は、森林再生のための輪廻であろうか、それとも酸性雨など外的要因による異常現象なのだろうか。いつも考えさせる。
  誰一人行き交うことなく、木の香りのプンプンする中、小鳥の声に導かれての歩き。横岳を過ぎ三ッ岩に至る。ここは3つの小ピークがあり岩がごろごろした場所で、クサリ場もあり、この岩を通過するのに多少の緊張を強いられた。
  縞枯山、茶臼山とも樹林帯の中で展望もなく、はっきりとしたピークも確認されず通り過ぎた。麦草峠を少し過ぎたところ左側すぐ近くで突然ドドッという音とともに大きな動物が走り去った。野生の大きな鹿だった。道は木道になり国道に出た。国道を横切り、麦草ヒュッテの前を通り再び山に入る。もうここまで来ると今夜の宿はすぐ先。

   前方からリヤカーにエンジンを付けたようなものを押しながら人が来た。彼は私を見るとエンジンのスイッチを切り話しかけてきた。「今から白駒池のキャンプですか」。彼は小屋の管理をしている人だった。「5時まで小屋にいたが今日はもう誰も来ないと思い、これから自宅に帰るところです。キャンプするのであれば自由に使ってください。水もあります。」と言う。今の時期はここに来てキャンプする人はほとんどいないとのこと、ありがたかった。

   5時47分白駒池到着。すぐテントを設営した。たくさん並んだ自炊用の水道には “この水は池の最深部より汲み上げています”と書かれていた。早速飲んでみる。冷たくて旨い。周囲の山々に降った雪や雨が伏流水となり、池の底に湧き出してきたものであろう。最近よく耳にする海洋深層水のようなものであろうか。テントのすぐ脇にロープで囲まれたところがあり、 “リス及び小鳥オコジョの餌場”と書かれている。それにしても蚊やブユがすごい。私の周りをブンブン飛び回り、腕や足など露出したところに吸い付いてくる。テント場の周囲に自生していたフキと、大きく伸びたウドの芽の柔らかいところを採り、ラーメンに入れた。現地調達の野菜である。こういうところで食べるものは何でもうまい。食事を終えると晩酌の時間である。コップにウィスキーと深層水を注ぎ、するめをガスであぶりながら、今日一日の行動を振り返る。時間はいくらでもある。のんびりとひとときを過ごそう、と思いつつも酔いと疲労のためすぐに眠り込んでしまうのである。


7月14日(土) 白駒池 (0:40→)林道合流点 (0:35→)にゅう (0:55→) 中山峠(1:00→)東天狗 (0:30→)根石岳(0:40→)夏沢峠(1:00→)硫黄岳(0:20→)大ダルミ(1:00→) 横岳奥の院(0:50→)地蔵ノ頭(0:30→)赤岳(0:10→) 真教寺尾根分岐(0:20→)天狗尾根分岐(0:50→) キレット

  朝起きると周囲の山は雲に覆われていた。餌場にはリスが来て盛んに餌を食べていた。コップに池の最深部の水を注ぎ、小鳥の声を聞きながら至福のひとときを過ごす。サンコウチョウの鳴き声が聞こえた。この小鳥は最近見かけることが少なくなったと言われる鳥で、 「ホィホィホィ」と鳴くこの声は録音されたものを聞いたことがあるが、生の声を聞くのは初めてである。

   最深部の水3.5リットル詰めて6時30分出発。しばらく木道を歩き、オオシラビソの鬱蒼とした森林帯に入る。林床には緑の美しい苔が敷き詰められている。木々の間から時折青空も見えるが、常緑の針葉樹に拒まれ、ほとんど日の光が届かず、昼なお薄暗い森の歩きである。道は再び木道になり、小さな湿原が現れた。周りの木々はナナカマド、シャクナゲそれに立ち枯れたシラビソ、湿原には白いワタスゲの花が風に揺れている。いかにも北八ツを代表する景色。
  上空青空がだいぶ広がってきた。コバイケイソウも青いつぼみを伸ばしている。のんびり鳴いていたウグイスが突然の侵入者に警戒の地鳴きに変わった。アカゲラであろうか、ドラミングも久しぶりに聞くことができた。

   道は岩だらけの急登となり汗がどっと噴き出してきた。にゅうと名付けられた山の山頂は大きな石が重なり、360度の展望で富士山もはっきり見えた。森林の中に昨日の白駒池が見える。中山峠に着いた。地形的には特に変哲のない、標識がなければここが峠と気付かず通り過ぎてしまうだろう。一般的にはここを境に北八ヶ岳と南八ヶ岳と分けられるようだ。

   9寺18分天狗岳山頂。360度の大展望。北側斜面が崩れ落ち赤い地肌が見える横岳、その後ろに赤岳、そして阿弥陀岳。森林限界を超えハイマツと高山植物の稜線上を歩く。根石岳を下ったコルに根石山荘がある。地形的に強風が吹き抜けるところで、小屋のトタン屋根の上にはたくさんの石が乗せられ、風力発電の風車が勢いよく回っていた。小屋の前には“展望風呂あり”と看板が掛けられていた。根石岳を下ると再び森林。この辺所々高山植物のわきにその花を紹介する札が置かれている。白い可憐な花を咲かせるオサバグサには、ケシ科の植物と書かれていた。この花があの麻薬をもとれるケシとどういうつながりがあるのだろうか。
  しばらくして夏沢峠に着いた。ここで地形図を取り替える。この山行中3枚目となる。今回の山行に用意した地図は1/25000地形図5枚。それに昭文社のエアリアマップ。これは発行日は23年前だが山座同定用だからこれで十分。

   前方に硫黄岳がそびえ、いよいよ八ヶ岳の核心部に入る。稜線上の長い登りが続き、遮るものがなく太陽の光を受けるが風が心地よい。疲労もたまり、肩の荷も一段と重く感じられ一歩一歩の歩みとなる。前方には点々とケルンがつながっており、このひとつひとつを目標に登る。右手斜面にはお花畑が広がる。
  11時11分硫黄岳山頂。広い山頂にはたくさんの人が休んでいた。お弁当を広げている人、ハーモニカの音も聞こえる。前方に主峰の赤岳がそびえ立っている。硫黄岳を下ったところでコマクサが咲いていた。それに北海道の礼文島と、本州では白馬とここ八ヶ岳しか見られないウルップソウが見られた。横岳の斜面にもコマクサ。ここからはかなり長い間コマクサが見られた。赤岳への急な登りとなり、赤土の上に小石がゴロゴロし浮き石が多く気を遣う。
 
  2時14分赤岳山頂着。上空雲が多くなってきた。東西に町並みが見える。遠くに蓼科山が霞んで見える。すごいところから歩いてきたものだ。大休止後出発しようとしたら濃いガスがあたりを覆い視界がきかなくなった。入り口に“ガレ場注意”の立て板がある急な岩場の下り、浮き石だらけでその上に足を乗せることも。後ろを降りてくる人が落石を起こし、こぶし大の石がガラガラと音をたて私の脇を落ちていった。

   3時57分キレット小屋着。小屋の脇の斜面にはたくさんのコマクサが咲いている。二日目の行動が終わり、座ると足にジンジンと疲労感を感じる。オオシラビソの中のテント場はゴゼンタチバナのお花畑。テントは私を含め5張。今日は寂しくなさそうだ。隣のテントには60は越えているであろう単独の登山者で、ほとんど毎週山登りをしていると言う彼は、「小屋は使わない、荷物が持てなくなるから」と話していた。食事をしていると雨がポツリポツリ落ち、雷鳴も聞こえ始めた。だんだん近づき頭上を走るようになるが、程なく雷鳴の遠ざかりとともに雨もやんだ。食事を終え外を見ると再び明るくなっていた。テント場近くにある水場に行った。ここの水場は一年中枯れることはないと言われているが、小さな沢から流れ落ちる水量はほんのわずか。2リットルのペットボトルでこの水を受けるがなかなかたまらない。蚊やブユ、アブなどが一斉に集まって腕や足などに吸い付いてくる。水はなかなかたまらず、ここでの水汲みは大変だった。
  時間は5時30分、これからは一人宴会の時間だ。昨日と同様スルメをあぶりウィスキーの水割りを飲む。7時30分になってもまだ明るさは残る。酒も残り少なくなってきた。明日の今頃はゆっくり風呂に浸かり、ビールでも飲みながら女房に山の話をしていることだろう。

7月15日(日) キレット(0:20→)ツルネ(0:50→)旭岳下(0:30→)権現岳(0:40→)
   ノロシバ(0:20→)青年小屋(0:30→)編笠山(0:40→)押手川(0:25→)雲海 (0:35→)  観音平(0:55→)樺道分岐(1:00→)小渕沢駅


  翌日もたくさんの小鳥の鳴き声で起こされる。テントの入り口を開け、ご来光を見ながら食事を作る。4時20分東の空が明るくなってきた。あらためて見た雲海から突き出た富士山がすばらしい。今日は権現岳から編笠山、それから中央本線の小渕沢駅で今回の縦走は終える。食料も食いつぶし、酒もなくなったがおいしい水は十分ある。5時30分出発。今日は今までになく微風で上空快晴、下は雲海。急峻な権現岳へと続く登りとなった。小ピークをいくつか越え長い梯子も上った。

   5時55分権現岳山頂。口には言い表せないほどのすばらしさ。西側には北アルプスから南アルプスまで雲海に浮かぶ。南アルプスの千丈、甲斐駒、北岳、その手前に鳳凰三山地蔵岳のオベリスクも見える。反対側には富士山から奥秩父の山々。八ヶ岳連峰のすばらしさを実感した。標高2530mにあり、のろし場と呼ばれる展望の良い小ピークに着く。前方にたおやかな編笠山、森林の中に一本の登山道がはっきり見える。その後ろに甲斐駒ヶ岳がもうすぐ近く。
  青年小屋をすぎると大きな石のゴロゴロした斜面で、赤印に導かれながら登るがかなり疲れる。
  8時23分編笠山山頂。雲海もだいぶあがってきた。ここも昨日今日ピークでの休憩のたび見回す大展望。山頂には3組の夫婦連れがブンブン飛び回るアブをたたきながら、展望を楽しんでいた。編笠山を後にし、しばらく歩き観音平と呼ばれるところに着いた。広い駐車場があり、登山者はここまで車で来るようだが、私はこれから小渕沢駅まで長い歩きが続く。

   観音平からはしばらくは八ヶ岳山腹の高原ハイキング。途中ワラビを採りながらのんびり歩いたが太陽が上がるにつれ、気温もぐんぐん上昇した。しばらくして道は舗装された道路となり、地図を見ながら車の通りの少ない最短距離を選んだ。途中林の中にペンションや別荘が立ち並ぶ一帯を通り抜けた。時間はお昼近くなったが、炎天下の日曜日歩いている人は誰一人行き会わなかった。駅に着いたらまずビールが飲みたい、時間があったらそばでも食べたい、などと考え歩いた。3日間も山に入っているとまず考えることである。
  畑の中の道を通り、農家の前を通過し、小海線の踏切を通り、中央本線の地下道を通り、12時30分小渕沢駅に着いた。さあビールだビールだと思いつつ登りの時刻表を見ると4分後の発車でここが始発となり、すでにホームには列車が入っていた。切符を買うのが精一杯でこの行動中長い間思い続けたビールは、おあずけとなった。

            今回の山行で見ることができた花
タカネニガナ、ミネウスユキソウ、チシマギキョウ、ウルップソウ、コケモモ、シナノキンバイ、チョウノスケソウ、シコタンソウ、イワベンケイ、コマクサ、ミヤマオダマキ、ホソバツメクサ、ヤツガタケタンポポ、ヨツバシオガマ、ハクサンシャクナゲ、ゴゼンタチバナ、キバナノコマノツメ、タカネグンナイフウロ、タカネトウチクソウ、タカネバラ、ハクサンイチゲ、ワタスゲ、ヒオウギアヤメ、ニッコウキスゲ、ウラジロヨウラク、マイズルソウ、ミヤマダイコンソウ