茨城のヤブ山歩き(No.133) 石尊山(420m) |
2万5千分の1地形図「磯原」 北茨城市 平成25年04月29日 |
北茨城市磯原町の石尊山の存在を知ったのは最近のことだ。 昨年、北茨城の金山岳を歩いて、立ち木につけられた道しるべに気がついた。 そこには「石尊山」とか「女坂」などと書かれていた。 磯原町西明寺前地区に入ると、「石尊山登山口 男坂」と書かれた案内板が目に付いた。 近くの空き地に車を停めさせてもらう。 11時34分、歩き始める。民家脇の舗装された道を歩くとすぐに山道となった。 道沿いには和紙の原料として知られるミツマタが咲き、林床にはシャガ、クサイチゴが一面に咲いている。 尾根につけられた道は地形図には書かれていないが、よく歩かれている道のようで、古くから歩かれてきたのだろうか。 すぐに道は二手に分かれた。左手が登山道だろう。右の道には石段があり、その上になにやらお堂の屋根のようなものが見える。これが西明寺か。右手の石段を登るとお堂が現れた。 「水戸三十三観音札所 第二十番 大塚 西明寺」と書かれている。この辺は「西明寺自然環境保全地域」に指定されているようだ。 お堂の後ろから再び山道に入る。道は狭くなったがしっかりしている。シラカシの林を抜けると、すぐにスギの人工林となった。標高300m近くに来ると、斜面の木が伐採されて、東西方面の展望が開けた。同時に道は急斜面となる。 12時19分、勾配が急に楽になり、展望が大きく開けた。北茨城や高萩の町並み、その先には太平洋も広がる。道は二手に分かれ、案内板には右に山頂、左に女坂方面と書かれている。下山は女坂を下ろう。 道の両側に続く広葉樹の木の根っこが、道を横切るように張り出し、9合目と書かれた石の脇にはケルンが積まれている。 12時29分、山頂に着いた。山頂には石の祠が置かれている。周りは人工林と落葉樹に囲まれ展望はほとんど無い。 地形図を見ると石尊山の麓には、西明寺前や西明寺下などの地名がある。しかし、地図には寺院の記号は出てこない。なぜだろうと考えて調べてみた。 江戸時代に西国三十三所や坂東三十三箇所などの観音霊場巡礼が流行し、全国で新たな札所が設けられた。 水戸三十三観音札所もこの時代に設けられたもので、西明寺は二十番札所となっている。 しかし、第9代水戸藩主、徳川斉昭が行った寺社改革により西明寺は取りつぶしとなり、現在は観音堂だけが残る。 |
男坂登山口 | シャガの咲く登山道 |
西明寺お堂 | 9合目のケルン |
石尊山山頂 | 女坂下山口 |